1. 忘れてはいけない「時の流れ」
ワルミやフクギ並木といった、備瀬の地が持つ風景は、単なる景色ではありません。それは、私たちが東京の日常で忘れがちな、「本来あるべき、ゆっくりとした時間の流れ」そのものです。
忙しい日々の中で、私はしばしば目を閉じ、この備瀬崎の風景を「心のアンカー(錨)」として使います。競争や効率といった概念が一切消え失せる、安らかで、深く澄んだ空間です。
2. 五感で記憶する「安らぎの空間」
備瀬崎の安らぎは、特定の場所ではなく、五感全てで感じられる体験にあります。
- 聴覚: 潮風がフクギの葉を揺らす音だけが響く静けさ。都会の喧騒とは対極にある、天然のホワイトノイズ。
- 視覚: 遠く伊江島のタッチューを望む、水平線の完璧な静止。景色が持つこの揺るぎなさが、心を落ち着かせます。
- 触覚: 強い日差しを遮るフクギ並木の涼しい木陰と、海辺の温かい砂の対比。
- 嗅覚: 磯の香りと、フクギの葉が持つ清々しい緑の匂いが混ざり合った、備瀬特有の空気。
これらの記憶が積み重なることで、備瀬崎は私にとって、一瞬で心を安らかにできる「記憶の中の聖域」となるのです。
3. 終わりに:「心の余白」をデザインする場所
私たちがこの備瀬崎に惹かれるのは、ここが「何もしない贅沢」を許してくれるからです。築古物件の課題や資金計画は、現実の生活で向き合うべき問題です。しかし、この場所に来た時だけは、それらの重い荷物を全て下ろし、心に大きな「余白」をデザインする時間が必要です。
備瀬さんぽは、あなたにもその「余白」を感じてもらうための道案内です。思い出すだけで安らかになる空間を、共に心に刻みましょう。
次回予告: 次回は、ウヤジの物語として、故郷・奈良への想いという、私の人生の「第3章」のルーツに焦点を当てます。備瀬崎の静けさと、奈良の持つ歴史的な静寂にどのような共通点があるのか、私の哲学を深くお話しします。

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